2011年05月03日

みんな大好き『欲望という名の電車』の、松尾スズキ演出版は是か否か

松尾スズキは九州のテネシー・ウィリアムズ!?

たぬき:松尾スズキが、秋山菜津子を主役にテネシー・ウィリアムズの名作に挑んだ、パルコプロデュース『欲望という名の電車』。企画を耳にした時は、これはなんとなく出会いものなのではという気がしたけど、ぽわんさんはどうだった?
ぽわん:んー、複雑な気持ちだったな。プロデュースものって、企画として「お!」とは感じさせるけど、まとまりに欠けたりして、文字通り「企画倒れ」ってことが多いんだもの。それに秋山菜津子はいい女優だけど、『欲望という名の電車』には私、思い入れがあるから、どういうブランチ像ができるか不安だった。だけど蓋を開けてみたら、好きかどうかはともかく、松尾スズキワールドになっていたから、そこは逆に気にならなかったなあ。
たぬき:松尾スズキが持っている主題のひとつは、人間の業の深さというか破滅的な本能のまるごと肯定みたいなことだと思うけど、それは当然ブランチにも共通するわけで、狙いは外れてはいないし、実際ある程度成功したと思うね。
ぽわん:パンフレットによれば松尾スズキは「俺の田舎には(略)黄色いスタンリー、黄色いステラ、黄色いブランチは、集落に1組は必ずいました」と書いているから、松尾スズキの原体験に基づく世界・人物として描いたみたい。ブランチというヒロインはこれまで、杉村春子、岸田今日子、栗原小巻、大竹しのぶなど錚々たるメンバーが演じてきて、スペシャルな存在になっていたというか、女優にとってある種の到達点だったと思うんだけど、その意味で今回は、いかにも「現実離れした、危ない女でござい〜」という空気を漂わせる王道路線から、ちょっとはずれていたかもね。でも面白かったのは、ずれていると見せかけて、秋山に関しては、渾身と言える演技を見せたこと。今時の新劇の女優にあそこまでできないだろうね。
たぬき:秋山菜津子ひとり舞台状態になるとこは引き込まれたね。例の「明かりをつけないで!」のあたりとか。自己陶酔系じゃなくて、あそこまで集中した芝居ができるのはさすが。
ぽわん:あそこはどうやるんだろうって思ったら、電球をミッチがびよーんって伸ばして来たのは、「ああ」って感じ。全体的に、今回の松尾演出は、名場面・名演技で有名な箇所自体を崩すというより、その周辺で遊んだ雰囲気だったね。ある意味、照れ屋の松尾っぽい(笑)
たぬき:ただ、彼女は本来引きの芝居も上手いんだけど、今回はアクセル踏みっぱなしという感じで、結果的に単調なのは否めなかった。
ぽわん:それは、周囲の俳優の問題もあるかもしれないし、松尾のイメージでもあるのかもしれないよ。公演パンフレットを読むと「過剰な女っておもしれー」っていう興味があるみたいだから。
たぬき:今回テキストレジってあんまりやってないと思うけど(ブランチがするオウムの話はさすがにカットしてたけどね)、それゆえ、松尾が内心冗長だなと思ってるかもしれない下りが冗長なまま残ってる。星座の話とか文学の話とか。ああいう場面って単なる性格描写じゃなくて、舞台にちょっと不気味な歪みみたいなものが出る筈なんだけど、そういうのはなかったなあ。
ぽわん:もともと戯曲をそのままやればそこが歪みになるはずのところを、松尾ワールドとして別の歪みをいっぱい作っちゃったせいで、かえって浮いた感じかなあ?
たぬき:あと、彼女がミッチに彼の結婚相手がゲイだったと打ち明けるくだりだけど、話が佳境に入る前に、相手の性格がsomething differentだったとか、"a nervousness, a softness and tenderness which wasn't like a man's"があったとか言うくだりがあるじゃない?このあたりが何の言い淀みもなく、また逆に変な流暢さもなく流れてて、単なる普通の喋りだったのは不満だったなあ。
ぽわん:松尾はいかにも新劇チックな繊細な表現、にしたくなかったんじゃないかな? だから彼の描く「意味深」は底が知れているんだとも思うケド。で、さっきも言ったことだけど、今回のブランチに関して言うと、彼女のヤバさというか痛さというか、そういうものが、観客がおののくようなものではなく、もっと別な身近な想像で埋められるものになっていたと思う。つまり、「あー夫がゲイだったらショックよね」という共感はあるけれど、今とは比べられない当時のゲイに対する不認知ゆえの恐怖や、ガラスのようなブランチの心の深遠をのぞくような気持ちにはなりにくかった。これは彼の個性だから、一概に否定するわけじゃないけど、
たぬき:さっき松尾スズキとブランチには共通点があるって言ったけど、同時にそこには相違点もあって、松尾ワールドの人物たちがある意味図太く不条理な感じに病んでるのに対し、ブランチはやっぱり不健康にというか文学的に病んでるんだよね。これは時代とか資質の違いでいいとか悪いの問題じゃないんだけど、さっきぽわんさんも言った「周囲の俳優の問題」さえクリアすれば、松尾ワールドとしての完成度はぐんと高まったのではと思う。


問題はキャスティング? 演出?

ぽわん:では具体的に聞くけど、ほかの出演者についてはどうだった?
たぬき:スタンリーの池内博之は変にニヒルで、暴力的な癇癪持ちには全然見えなかった。下品な役のはずなのに、ある意味いちばん上品な芝居やってたというか。
ぽわん:うーん、今回、松尾はステレオタイプを崩して、ブランチを過剰に強く、スタンリーをちょい間抜けにしたかったんじゃないかな。池内博之のスタンリーがどういう理由でキャスティングされたのかわからないけど、二枚目なんだけどどこかおっとりとしてる彼の個性を引き出した印象。
たぬき:松尾演出なら本来スタンリーが持っているエグさがもっと出せたかもしれないのに、もったいないね。とはいえステラの鈴木砂羽よりはずっとマシ。彼女、口跡は悪いし仕草にも台詞にも気持ちが全然乗らないし、挙句の果てに、妊婦なのにドタドタ走ったり身体をぶつけたり。余談になるけど、この芝居を観た帰りにたまたまある店で妊婦とその夫を見かけたんだ。妊婦はひたすらお腹を外界から守ろうと気を使っていて、夫に対してさえ近くに寄られることを警戒していた。そんなもんだよ。だからきっと、松尾演出のことだから、生まれた子が不具になるっていう伏線なのかと思ったら、そんなこともなかった。
ぽわん:確かに、それだと流れちゃうよーってとこ、いっぱいあったね。まあ、そういうところのリアルには、松尾は興味ないんだと思う。確かにそういうオチになったら松尾らしかったけど、今回は大きな冒険はせず、小ネタで遊んだ感じだからねえ。
たぬき:オクイシュージは、T・ウィリアムズと松尾ワールドの仲介者としてよく頑張った。「こんなダメ男に愛の希望を託さないといけないほど、ブランチは落ちぶれたのだなあ」って感じだけど(笑)。
ぽわん:そうだね、あのメンバーの中でマシっていうのもあまりぴんと来なかったよ(笑)。唯一の独身だからってとこかな。今回、松尾自身も大人計画的エグさではないものを、求めてキャスティングしたのか、キャストを観てこういう方向にしたのか・・・どうなんだろうねえ。
たぬき:キャスティングにはパルコ側の意向が相当入ってると思うけど、松尾自身にも「秋山さえいればあとはどうとでもなる」的な計算はあったんじゃないのかね。


秋山ブランチでの理想の布陣とは−−

ぽわん:さて、なんだかんだ言って上演のたびに盛り上がる『欲望〜』だけど、結局、今回の上演の価値・意義はどこにあったと思う?
たぬき:それはもう、いま日本でブランチを演じられる数少ない女優である秋山の演技が見られた、ってことに尽きるね。ぽわんさんもそうじゃないの?
ぽわん:私は、新劇のひとが今満足にできない以上、秋山という希有な女優を使って上演したことには意味があったと思う。ちなみに、新劇で満足にできないっていうのは、実力ゆえなのか、それともこれまでの伝説が偉大過ぎるからなのか、わからない。とにかくあまり上演されないからね。まあこちらにも責任はあって、「このひとなら!」って思わないと観に行きたくないなあ(笑)。その意味で、秋山は「このひとなら!」って多くの人に思わせることのできる女優だね。
たぬき:それでも、完売はおろか空席がかなりあったのがびっくりだね。松尾ブランドをもってしても、秋山では客は呼べないんだなあ。ちょっとがっかり。
ぽわん:震災のあとだからっていうのも、まだあるのかもしれないよ。ところで、松尾の遊びの中途半端さは、この戯曲をあまりいじらず、ある意味真っ向勝負で上演したいという意図が働いたからなのかな。まあ真っ向勝負かどうかは意見が分かれるかもしれないけど。
たぬき:いや、相当真っ向勝負だったと思うよ。テキストレジをほとんどやってないのがその証拠。だからこそ、プロデュース公演じゃなくて大人計画、それが無理なら日本総合悲劇協会でやってほしかったな。大人にも日総悲にも出たことあるしね、秋山は(笑)。
ぽわん:だけど松尾本人も「アメリカ白人自身が書いたアメリカ白人の愚かさを、黄色人種が死に物狂いで演じるというこっけいさ」ってツイッターで書いてるくらいで、王道的にはしたくなかったんじゃないかな。その意味で、たぬきさんが求める秋山菜津子ブランチでの理想的な上演は、全然別の布陣でこそ実現するのかも。実現性も考えると、栗山民也演出で、どうでしょう?
たぬき:栗山演出の、三好十郎作『胎内』での秋山は良かったからね、それこそ演技の足し算と引き算のバランスが見事で。でもさすがに、少なくともこの先10年は実現はしないでしょ、本人にいくらそんなつもりがなくても、松尾演出に不満があったんで別の演出を受けることにしました、ってことになっちゃうから(笑)。
ぽわん:じゃあ欲張って、10年後には、わおって思うような演出家、あるいはブランチ女優が出て来ていることを祈るよ!
posted by powantanuki at 22:23 | TrackBack(0) | 芝居の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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