2011年01月20日

ご都合主義的過ぎるehon『SWEETS〜「可哀想」にたかる蟻たちの話。〜』

並べるのみでなくリアルに動かすべし


ぽわん:ehonっていうプロジェクトの第一回公演『SWEETS』っていうのを観たの。夢の遊眠社の看板女優だった円城寺あやが出演しているし、座・高円寺の「演劇村フェスティバル」の一環となっているので、一定の質かなあという期待もあって観たんだけど・・・
たぬき:座・高円寺は公共の劇場なわけだから、そりゃ観客としては最初からある程度の信頼を置くのは当然だよね。
ぽわん:ところがどっこい、芝居に必要な掘り下げが欠けていて…。ともあれ、まず設定を話すね。とある母子家庭の家で、娘は反抗的で家に居着かず、息子は20歳過ぎてるのに引きこもりで、ゲームのカスタマーセンターに「リセットできない」とクレーマー状態。そんな中、母に三人目の婚約者ができる。
たぬき:ということは、主人公はシングルマザーのお母さん? 母子家庭のステレオタイプを圧縮させたってとこだね。
ぽわん:サイドストーリー的に、家に居着かない、ちょっと反抗的な態度の娘が、耳に障害のある男と付き合ってて身ごもる、という物語が用意されてる。さて、母の婚約者が母と結婚しようとする中、ルポライターとか名乗る男が「あんたの結婚相手はあやしいぜ」みたいなことを言ったりするんだけど、これがまたわざとらしい!
たぬき:あやしさは雰囲気でかもし出すから怖いのに、言葉で言っちゃうのは薄っぺらいねえ。
ぽわん:ともあれ、娘は障害者の男の子供を身ごもるに至るんだけど、妊娠した娘が、母の婚約者に対して、驚くべき事実を明かす。その事実とは−−。
たぬき:伏線が全然ないから予想もつかないなあ...
ぽわん:まあそれは私がここで端折ったせいもあるかな(笑)。とにかく、実のところ最大の問題は、息子の引きこもりにあるのではなく、母親が、最初の夫にかまってほしいがために、当時赤ちゃんだった息子の食事に下剤を飲ませては病院に行って夫や周囲の同情や関心を得ようとしていたこと、その行為にあるとわかる。
たぬき:気づこうよ、親族とか近所の人!
ぽわん:ちなみに前述の自称ルポライターは、実は最初の夫の親戚だから事件を追っていたんだと後からわかるんだけどね(笑)。でもって夫はその嘘に長年だまされた挙げ句、妻、つまり一家の母親に殺されたの。で、9歳になっていた息子は父親を切り刻むのを手伝わされたため、以後、母から真実を言わないよう脅迫されたり暴力受けたりして「引きこもらざるを得なかった」のだとわかる。一方、娘は二番目の夫の子なんだけど、その実の父親から性的虐待を受ける。かくして、二番目の夫もまた殺されることとなり、娘も息子と同じように、母が父親を切り刻むのに加担した。
たぬき:...あり得なくはないけど非現実的だねえ。ちょっと北九州の連続監禁殺人事件を思わせるかな。にしても殺人だの性的虐待だの、警察は動かないのか!? プロの作家なら必ず早い段階で「警察が動かない理由」「親族とかご近所から切れてる理由」みたいなのは説得力をもって入れてくれるんだけどなあ。
ぽわん:そして、さっき言った通り、妊娠した娘が母の婚約者に対して驚くべき事実を明かした時、「なぜ話すんだ!」と聞く婚約者に対して「家族になるってことは秘密を共有することよ」と言う! しかもそこへなんともタイミング良く、それまで「息子が引きこもりで困ったわ」というふりをしていたはずの母親が、息子に暴力を振るいながら居間に入ってくる。ので、婚約者は、娘が言ったことが本当だと分かる…ご都合主義にもほどがあるね。
たぬき:...人の出入りは劇作家の腕がはっきり出るからねえ。プロなら「そこでその人が出て来る理由」をキッチリ作ってくるんだけど。人間関係って並べるのは超簡単なんだけどそいつらをリアルに動かすのは超難しいんだよ。

何に泣くか、が重要!?

ぽわん:母が次第に風水にはまっていくさまも描かれるんだけど、これがまた唐突で、「このお母さんは頭がおかしいです」という安直な記号もどきにしかなっていないんだよね。あと、娘がお腹の子の耳にも障害の可能性があると言われて、そんなお腹の子に、わざわざ音が大事なガラガラを買って、振ってしょんぼりする、という場面があるのも、中途半端に作為的だったなあ。そして、そんなふうにお腹の子のことを気遣っているはずなのに、なぜ、娘がいきなり真実を母の婚約者にぶちまけるのか、さっぱりわからなかった。
たぬき:ふむふむ。
ぽわん:だって劇中では、相手の男は障害があっても誇り高く強く生きているっていうことが示されるんだよ。その人との間に子供ができてこらから産もうという状況下で、娘がいきなり古い家族にこだわるのはおかしいんだよね。身ごもって新しい家族をもつことになるはずの人間が、それまで居着かなかった家族に自ら執着する? それよりも、危ない家庭から離れて赤ちゃんを守ろうとするよね、普通。もしも、赤ちゃんや自分への自殺行為的に母親の秘密を暴露したということが表現したかったならば、そういう複雑な娘の心理を、もっと描かなくちゃいけないはずだよ。
たぬき:未見だからウカツなことは言えないんだけど、説明台詞を言わせたいがために、キャラクターの一貫性とかリアリティを置き去りにするという初歩的ミスだねえ。そういう展開にしたければ、一旦娘と障害のある男を仲違いさせる場面とかを作らないといけないんだよね。そこまで考えが至らないんだろうけど...
ぽわん:結局、娘が秘密を暴露し、息子と母親がもみ合って乱入したその居間で、事態は殺傷事件へと発展して、息子が母と娘と婚約者を全員殺しちゃう。でも娘は、死に際に赤ちゃんの父親に携帯電話で「赤ちゃん守れなかった。ごめんなさい」みたいな電話をかける。一方、息子は最後、「リセットしたい」と言う。ゲーム会社にもそうクレームしてたからね。ベタ過ぎる伏線で笑っちゃうなあ。
たぬき:結末で人が死ぬのは、ある意味で極めて安易だよね。たぶん劇作家の誰もが、一人前になる過程で一度は「今度の新作は誰も死なないことにしよう」と自らに縛りをかけると思うんだけど(むろん喜劇作家を除く)。…それで全体の感想としては?
ぽわん:陳腐でげんなり、という感じ。ディテールで言っても、次のセリフや展開が簡単に読めちゃうし、人物の造形が全然掘り下げられてなくて、役には、作者が言わせたいことを言わせてるだけで、言うまでの心理とか描けてない。そのくせひどいのは、大きな字幕も頻繁に入れて、そこで文字でたーぷり説明しちゃってたこと。それを芝居で描くのがあなたの仕事でしょーーー! 
たぬき:怒り心頭だねえ。
ぽわん:例えばケラリーノ・サンドロヴィッチとかも字幕入れるけど、分量や内容には節度があるよ。せいぜい幕の最初とかだし。しかもそんな舞台を観て、泣いてる観客が何人かいたよ。芝居に泣いてるんじゃないね、あれは。
たぬき:「最初から泣きにかかる客」って居るんだよね。ほら普通はさ、プロットに穴があると「あれ!?なんでそういう展開に?」って感じで醒めてしまうじゃない? でもそうじゃないタイプの人間が一定数いるんだよね。たぶんそういう人は現実とドラマの間に区別を付けないんだ。目の前で可哀相なことが起きたら自動的に涙腺が緩む、みたいな。
ぽわん:そうそう。そういう感じ。
たぬき:皮肉でも何でもなく、そういう人たちはある意味タフなのかもねえ。ほら、現実の不幸に対していくらでもシミュレーションが出来るわけだから(笑)。
posted by powantanuki at 01:18 | TrackBack(0) | 芝居の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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