2011年01月19日

戌井市郎の劇団葬をきっかけに新派復活のウルトラCを思いつく

ぽわん:今日はたぬきさんが一人で言いたいことがあるんだって。
というわけで、以下はたぬきさんの原稿です。では、どうぞ!

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 戌井市郎の劇団葬、商業演劇界を代表して弔辞を読んだのは水谷八重子だった。故人との付き合いの長さが主たる選考基準であり、ということは必然的に年配者が引き受けるのが自然であろう弔辞読みとしてはやや貫禄に欠ける彼女だが、現在の新派に他に適当な人材が居ないのも事実。
 いかにも今の新派のテイタラクを象徴…と言いたいところだが、わたしことたぬきが物心ついた頃、既に新派は低迷の極みとされていた。にも関わらず現在まで新派は存続している訳で、それには水谷良重が親の名前であった二代目八重子を継ぐという、例の襲名ビジネスが大きかったのではと思う。
 これをヒントにたぬきが提案したいのは、歌舞伎のメインストリームからは遠ざけられ、そのせいもあってかここのとこ新派への客演が目立つ、澤瀉屋軍団の更なる積極的関与である。具体的には、今から20年後ぐらいに、例えば市川春猿が“新派に客演するときのみ”三代目八重子を襲名するのだ。となれば市川猿弥は当然二代目安井昌二、市川笑三郎は三代目英太郎であろう。似合いそうだ!
 これが成功すれば、市川段治郎が大化けしちゃったので喜多村緑郎の大名跡を復活!みたいなことも可能かもしれない。となれば当然、襲名前には喜多村と、彼の遠縁にあたる戌井市郎の墓参りという一大イベントが待っている訳ですよ。

 え?荒唐無稽だって?ほら、尾上松緑だって舞踊のときは藤間勘右衛門を名乗るじゃないですか。あれを拡大解釈するんですよ!!! (文責:たぬき)
posted by powantanuki at 11:57 | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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